しべりこぶた

おしゃべりこぶたのしべの日記

やわらカイザー、あったカイザー

カイザーブロートヒェン、ドイツ語で王さまのパン、という意味だ。といっても、王さまが食べるパン、とかそういう高級さを表しているのではなく、単にその見た目が王冠に似ているから、というのが由来らしい。だったらクローネブロートヒェンなのでは、とも思うけれども、王冠パンより、王さまパンの方がメルヘンチックな感じがして、可愛らしい。

そんなカイザーブロートヒェンを、築地のベローチェにて久しぶりに食べている。パンにツナとチーズが挟まれているサンドと、アイスコーヒーのセット、390円。

というのも、アルバイトに来たら鍵がなかった。普段、定休日明けの月曜と木曜は、アルバイトが1時間早く来て、お米を炊くことになっている。炊飯器のタイマーが、前々日からはかけられないからだ。お店の鍵は、毎日来るわけではないアルバイトが持っているわけにはいかないので、店外にひっそりと置いてある小さなボックスから、暗証番号を入力して鍵を取ることになっている。その鍵がなかった。

どうやら最近新しく赴任した店長が、鍵をポケットに入れて持ち帰ってしまったらしい。とてもとても恐縮している。わたしはあまり気にしていないし、人生生きていれば背中に汗をぐっしょりかくような失敗なんていくらでもするだろうから、気にしないで、と言いたいけど、そんなこと5,6歳も若い人間に言われたくないだろうな、と思って、オッケー!と書かれた小気味よいスタンプを押すしかない。

そんなわけで、誰かが来るまで待機せねばならないので、ベローチェでカイザーブロートヒェンを食べている。ドイツで食べて以来なので二ヶ月ぶりだ。齧ってみると、ドイツで食べたものより圧倒的に柔らかく、温かい。

わたしは堅いパンが好きだ。文字通り歯が立たないくらいの、よく噛まなければ飲み込めず、飲み込んでも食道が圧迫されるような密度の、パンのマイスターの意固地みたいなものが感じられるパン。なのでこのカイザーブロートヒェンは、少し物足りない。

だけど、物足りなさは否めずとも、少し冷えた店内と、同じく少し冷えた心に、この柔らかく温かいパンは、すっと馴染んでくる。今求めていたのはこういう感触だったのかもしれない、いや、むしろ、わたしの好みとかこだわりとか、そういったものの外側に、柔らかさや温かさがあるのかもしれかい。言い換えてみれば、それは優しさだ。

その優しさに包まれながら、コーヒーを飲み込み、わたしも柔らかく温かくあろう、などと思いながら、ベローチェを出て店に向かうのである。王さまのようにズシンズシンと。